第5章 ゼロからの出発 ②私が込めた願いと想いの傍らに心理学

2021年3月1日 7:00 am

会社をつくる上で最初に考えたのは、「何からやろうか?」

 

決断する前に私は、仏壇の祖父と会話をしていた。

私の家には受け継がれる教えがあり、向き合っていた。

今までの苦しさが走馬灯のように浮かび、いつの間にか涙が溢れ、今までの出来事がパズルピースのようにつながり1枚の絵を完成させた。

苦労でなくて「学び」であったことに気づかせてくれた。

だからコーポレートロゴには、「パズルピース」をモチーフにデザインしている。

 

 

私が当初から目指していたのは「心の教育者」それは今も変わらない。

化粧品もトリートメントも武器にしか過ぎず、「心に関わること」なら、誰かの心に触れる仕事ならそれでよかった。

「コンサルとセミナー講師としてスタート!!」

当時のセミナーは、店舗経営学がメインではあったものの、一方でNLPをベースにした実践心理学。

社名の「シーシーティー協会」は、教育手法の「Counseling」「Coaching」「Teaching」の頭文字。

そして「協会」は、もとより女性が協力して成長する会社にしたかった。

頑張って生きる女性の集団になることを願って・・・

 

私の人生の節目の傍らに常にあるもう1つのもの「心理学」

この時期に私は、大決心でアメリカに渡米する。「米国NLPのトレーナー資格取得」のため。

英語も話せない、ましてや費用がなんと140万もかかる。

たった1本月額30万の仕事しかなかった当時の私が、なぜ決断できたのか?

 

ただ導かれたとしかいいようがない。

この時が、「東北大震災」であった。

アメリカで過ごしていた深夜 主人から送られて来た映像に愕然となったことを今も覚えている。

 

今も毎年、そして自己が迷子になる度に心と向き合い

そして、より具体的に・・・

過去のメッセージも・・・

何を積み上げて来たのかも・・・

 

 

 

私には、頼れる人脈も、親しい友もさほどなく、むしろ人嫌いで遠ざけて40まで来てしまった。

もちろんその時々の会社の仲間との付き合いはあるものの。

一言でいえば「仕事中毒だけで来た」

がむしゃらに働いて、成果をあげ、「頼られる自分」が好きだった。

起業自体はできても、その後が何もなかった。

ただ、私がサラリーマン時代に頂いたチャンス、学びを女性が手にすれば「もっと幸せになれる人はいるのに!!」という想いだけ。

元々 化粧品もエステも興味があったわけではない。

私が興味を持っていたのは、「女性の無限の可能性」特に美容業界に集まる女性は強かったし、変われる。

多くの個人事業主の先輩経営者の方々が氷のように固まった心をゆっくり溶かしてくれた。

それがサラリーマン時代のマインドトレーニング=考え方の研修の魅力との出会いであり、NLPとの出会いでもあった。

 

 

 

アメリカで、世界各国から集まるトレーナー研修。

苦手な英語でスピーチする場面で、語った自分の「過去・現在・未来」

私の命が尽きるその日まで、まっすぐ歩み続けることを約束し、目指すべき未来の絵を今も揺るぐことなく目標にしている。

というより、そのために生きている。

私の生きる意味。使命。(昔は、いつも死にたかった)

多くの女性に智慧を分かち、小さな幸せを両手いっぱいに抱えきれないほどに光を抱えて・・・

幼少期から多くの人に助けられた「人生をかけて、恩返し」そのためだけに・・・

未来に続く、私の存在価値・・・

 

 

 

仕事 確かに収入を得る必要がある。

けれど、何をするのか?

誰を幸せにしたいと願うのか?

 

 

 

心の整理は本当に大切なワーク!!

迷子になっている方は、一緒にやってみませんか?

先祖も含めて「ループ」していくのがよくわかります。

貴女の未来は、貴女の中にすでにあるのですから・・・