第5章 ゼロからの出発 ④チャンスを掴む習慣

2021年3月8日 7:00 am

私は、どこに拠点があるかはさほど大きなことではない。

元々出張族であったこともある。

28歳の時には、大阪転勤を引き受けているが、その時は転勤手当が出るから「貯金ができる!!」位に思っていた。

父は反対したが、母は「人に力を借りることを学びなさい」と送り出されたのを覚えている。

 

 

当時、私は中堅でだいぶ可愛がって頂き、仕事も充実していた。

仕事内容は、当時訪問販売でビジネス展開をする企業の空白地域の開発業務であった。

しかし、安易に請け負ったものの甘くはなかった。

部下は現地採用。私を引き上げ、擁護してくれる者もいない環境。まして、知り合いはゼロ。

仕事そのものは大変だけど後々のベースになる程、記憶に残る貴重な体験であった。

ところが、現地採用しかも関西。

遠慮などない。部下と言えども今でいう忖度はなく、自己の意見をぶつけてくる。まして束で!!

 

やりづらかった。

イライラした。

面倒だった。

 

しかし、この時のやんちゃな部下たちこそが、後々真の仲間へとなっていく。

頼りになる。

信じられる。

何でも挑める。

 

この時期に大きな体験をしている。

「ひとに信頼される」歓びと責任ということを学んだ。

「ひとを頼る、力を借りる」大きな仕事ができるということを学んだ。

 

 

そして40代となって、クライエントの依頼で「中国でのサロン立上げ」の仕事をさせて頂く。

クライエントの社員とプロジェクトチームを組み、現地で設備や備品、人材すらもトータルで任せて頂けた。

主人に相談することもなく、現地にアパートを借りて、目まぐるしい日々。

中国富裕層に向けたサロンは、無事オープンできた。

しかし、痛みも共に学んだことがいくつもあった。

 

 

◎コンセンサスの大切さ

◎感情のコントロールと人間力を育てる必要性

◎物事を円滑に進めるための根回し

◎専門外というよりも自己の経験がまだまだ未熟であったということ

◎人の可能性は無限であり、見守る力を増幅させることにシフトすべきだということ。

 

日本に帰国後に今度はインドでのサロン立上げの話が来た。

さすがに帰国したばかりで、断ってしまった。

しかし、女性茶長の仲間に言われた言葉が今も心に残っている。

「やれば良かったのに!!」

「インドだよ!?」

「仕事はどこでもできるじゃん。誰もがもらえるチャンスじゃないのに!!」

友人には、やらなくて良かったじゃん。と言われていたが、社長という立場の反応は真逆だった。

 

 

人生にはいくつかのチャンスが訪れる。

掴むか?掴まないか? 人生の選択で未来は変わる。

苦難ほどに成長のチャンスだと実感する。

 

今、私は変なジンクスがある。

人が当たり前にできることよりも、人が困難なことの方が得意!!

だからコロナ禍もきっと大丈夫!!

この根拠のない自信が私は好き!!

 

ケセラセラ!!

はじめれば、何とかなる

ケセラセラ!!

諦めなければ、未来は拓く

 

 

苦難を楽しめる人生でいよう!!

辛いのは「幸せ」になるための途中なんだから!!